中森明菜の概要
中森明菜の概要
1982年、中森明菜は「スローモーション」でデビュー。
第2弾シングル「少女A」がヒットとなる。
さらに続く「セカンド・ラブ」が1983年を代表するヒットとなった。
・ツッパリ路線の曲「少女A」と、しっとりとしたバラード曲「セカンド・ラブ」
を交互に発表し、中森明菜の歌唱力を示す。
・衣装・メイク・振り付け・楽曲のプロデュースなどを中森明菜自身で担当。
独自の歌唱表現力(特に圧倒的なロングトーンは”明菜ビブラート”と呼ばれている)に
磨きをかけアーティスト性を発揮。中森明菜独自の世界を開く。
1985年、「ミ・アモーレ〔Meu amor e…〕」、
1986年、「DESIRE ―情熱―」で中森明菜は2年連続日本レコード大賞を受賞。
1989年、当時の恋人で歌手の近藤真彦の自宅マンションにて自殺未遂事件を起こし、
中森明菜は約1年間歌手休業する。
1990年、中森明菜の復帰シングル「Dear Friend」が大ヒット。
1990年代は、所属事務所トラブルなどのスキャンダルが続き不遇な時代も過ごすが、
後にシリーズ化されるカバーアルバム『歌姫』のリリースなど
アルバム作品においても、中森明菜は歌手として新境地を開拓していく。
また、「素顔のままで」「冷たい月」「ボーダー 犯罪心理捜査ファイル」の
3作の連続ドラマに主演を務めるなど、活動の幅を広げた。
2002年、中森明菜のデビュー20周年、カバーアルバム『ZERO album-歌姫2』が大ヒット。
ライバル視された松田聖子の「瑠璃色の地球」、
憧れの存在である山口百恵の「秋桜」などをカバーし話題となった。
同年、中森明菜は14年ぶりに第53回NHK紅白歌合戦に出場。
2004年、ユニバーサルミュージック内に中森明菜自身のレーベル「歌姫レコーズ」を設立。
2006年、中森明菜のデビュー25周年目を迎え、
7年ぶりに連続ドラマ「プリマダム」(日本テレビ系列)に出演。
また、大手パチンコメーカー大一商会から自身をモチーフとした
パチンコ機「CR中森明菜・歌姫伝説」がデビュー、ヒット機となる。
2007年、中森明菜は『歌姫』シリーズのベストアルバム
『歌姫ベスト ~25th Anniversary Selection~』と、
ツアーDVD「LIVE TOUR 2006 The Last Destination」を同時発売。